コラム

文化は、暮らしの中で受け継がれていく。─NIBUTANI WORKSとramguが目指していること

文化は、暮らしの中で受け継がれていく。─NIBUTANI WORKSとramguが目指していること

前回は、「アイヌ文様に意味はあるのか」というテーマでお話ししました。 「魔除け」という考え方はあるけれど、それだけでは説明できないこと。 そして、文様は一つひとつに意味があるというより、人が「美しい」と感じ、長い時間をかけて受け継がれてきたデザインなのではないか、という話でした。 では、その文化はこれから先、どう受け継がれていくのでしょうか。 今回は、NIBUTANI WORKSとramguというブランドを立ち上げた理由について話しました。 デザインは、少しずつ変わっていく   鳥海: 前回のお話を聞いていて思ったのですが、文化ってずっと同じ形で残ってきたわけではないですよね。 文様も、少しずつ変わってきたんでしょうか。 萱野: そう思うね。 デザインって、ゆるやかに変わっていくものなんだよ。 「これが昔からの形です」っていうものがあっても、やっぱりセンスのある人は少し崩したり個性を出したりしたくなる。 今まで誰もやっていない表現をしたくなるんだよね。 でも、その人が新しい形を作ったからといって、それだけで文化になるわけじゃない。 周りの人が「それ、いいね」と思って真似をする。 そうして少しずつ広がっていくことで、文化になっていくんじゃないかな。 鳥海: 一人の作品と、文化になるものは違うんですね。 萱野: そう。 例えば砂澤ビッキさん。 本当にすごい彫刻家だけど、あれは「アイヌ文様」というより、「ビッキの作品」なんだよね。 もちろんアイヌ文化の中から生まれた表現なんだけど、それがそのまま伝統になるわけじゃない。 長い時間をかけて受け継がれて初めて、文化になっていくんだと思う。 文化は、文化の中から育っていく   鳥海:...

文化は、暮らしの中で受け継がれていく。─NIBUTANI WORKSとramguが目指していること

前回は、「アイヌ文様に意味はあるのか」というテーマでお話ししました。 「魔除け」という考え方はあるけれど、それだけでは説明できないこと。 そして、文様は一つひとつに意味があるというより、人が「美しい」と感じ、長い時間をかけて受け継がれてきたデザインなのではないか、という話でした。 では、その文化はこれから先、どう受け継がれていくのでしょうか。 今回は、NIBUTANI WORKSとramguというブランドを立ち上げた理由について話しました。 デザインは、少しずつ変わっていく   鳥海: 前回のお話を聞いていて思ったのですが、文化ってずっと同じ形で残ってきたわけではないですよね。 文様も、少しずつ変わってきたんでしょうか。 萱野: そう思うね。 デザインって、ゆるやかに変わっていくものなんだよ。 「これが昔からの形です」っていうものがあっても、やっぱりセンスのある人は少し崩したり個性を出したりしたくなる。 今まで誰もやっていない表現をしたくなるんだよね。 でも、その人が新しい形を作ったからといって、それだけで文化になるわけじゃない。 周りの人が「それ、いいね」と思って真似をする。 そうして少しずつ広がっていくことで、文化になっていくんじゃないかな。 鳥海: 一人の作品と、文化になるものは違うんですね。 萱野: そう。 例えば砂澤ビッキさん。 本当にすごい彫刻家だけど、あれは「アイヌ文様」というより、「ビッキの作品」なんだよね。 もちろんアイヌ文化の中から生まれた表現なんだけど、それがそのまま伝統になるわけじゃない。 長い時間をかけて受け継がれて初めて、文化になっていくんだと思う。 文化は、文化の中から育っていく   鳥海:...

アイヌ文様に意味はあるの?─「魔除け」と言い切れない理由

アイヌ文様に意味はあるの?─「魔除け」と言い切れない理由

「アイヌ文様にはどんな意味があるんですか?」 二風谷ワークスで商品を販売していると、本当によくいただく質問です。 「魔除けなんですよね?」 「渦巻きには意味があるんですか?」 「トゲみたいな形には何か由来があるんですか?」 今回は、そんな疑問について改めて話してみました。 「魔除け」という説は、どこから来たのか   鳥海: アイヌ文様について一番多くいただく質問が、「意味」についてなんです。 特に「魔除けの意味があるんですか?」という質問は本当によくいただきます。 今日は改めて、萱野さんが考えるアイヌ文様の意味やルールについて聞かせてください。 萱野: そうだね。 たぶんこの質問って、明治の頃からずっと聞かれてきたものなんじゃないかな。 今でも一番多い質問だと思う。 でも、僕は「意味」ってすごく難しいと思ってるんだよね。 よく言われる「魔除け」という話なんだけど、これは昔の研究者がアイヌの人たちに「この文様にはどんな意味がありますか?」って聞いたときに、「魔除け」と答えた人がいて、その説が広く知られるようになったと言われているんだよね。 だから、「魔除け」という考え方があること自体は事実だと思う。 現代でもそう考えて商品を作っているアイヌの人もいるし、それを否定したいわけではない。 ただ、「一番最初に文様を作った人が、本当にそういう意味で作ったのか」というと、それは今となっては誰にも分からない。 だから、「アイヌ文様は魔除けです」と言い切ってしまうのは、ちょっと違うのかなと思ってる。 鳥海: 「魔除けではない」ということではなく、「それだけでは説明できない」ということなんですね。 萱野: そうそう。 何百年、何千年も前の話だからね。 親から子へ、そのまた子へと受け継がれてきたものだから、一番最初に作った人が何を考えていたかなんて、もう分からない。 だから「これが正解」というものは、たぶんないんだと思う。 萱野茂が話していた「タラ」の話 ...

アイヌ文様に意味はあるの?─「魔除け」と言い切れない理由

「アイヌ文様にはどんな意味があるんですか?」 二風谷ワークスで商品を販売していると、本当によくいただく質問です。 「魔除けなんですよね?」 「渦巻きには意味があるんですか?」 「トゲみたいな形には何か由来があるんですか?」 今回は、そんな疑問について改めて話してみました。 「魔除け」という説は、どこから来たのか   鳥海: アイヌ文様について一番多くいただく質問が、「意味」についてなんです。 特に「魔除けの意味があるんですか?」という質問は本当によくいただきます。 今日は改めて、萱野さんが考えるアイヌ文様の意味やルールについて聞かせてください。 萱野: そうだね。 たぶんこの質問って、明治の頃からずっと聞かれてきたものなんじゃないかな。 今でも一番多い質問だと思う。 でも、僕は「意味」ってすごく難しいと思ってるんだよね。 よく言われる「魔除け」という話なんだけど、これは昔の研究者がアイヌの人たちに「この文様にはどんな意味がありますか?」って聞いたときに、「魔除け」と答えた人がいて、その説が広く知られるようになったと言われているんだよね。 だから、「魔除け」という考え方があること自体は事実だと思う。 現代でもそう考えて商品を作っているアイヌの人もいるし、それを否定したいわけではない。 ただ、「一番最初に文様を作った人が、本当にそういう意味で作ったのか」というと、それは今となっては誰にも分からない。 だから、「アイヌ文様は魔除けです」と言い切ってしまうのは、ちょっと違うのかなと思ってる。 鳥海: 「魔除けではない」ということではなく、「それだけでは説明できない」ということなんですね。 萱野: そうそう。 何百年、何千年も前の話だからね。 親から子へ、そのまた子へと受け継がれてきたものだから、一番最初に作った人が何を考えていたかなんて、もう分からない。 だから「これが正解」というものは、たぶんないんだと思う。 萱野茂が話していた「タラ」の話 ...

「全部のタイミングが揃った」~役員対談:萱野×舩島~後編

「全部のタイミングが揃った」~役員対談:萱野×舩島~後編

(前回からの続き) 萱野:コロナの時期って、本当に宿泊業界が一気に止まりましたよね。 うちも予約がほぼ全部キャンセルになって。 舩島:かなり厳しかったですよね。 「これどうしたら良い?」っていう相談を、色んな人から受けました。 萱野:その中で、自分はオリジナルTシャツを作ってECで売ってみようと思ったんですよね。 ゲストハウス一本だと危ないなって。 舩島:それを聞いた時、僕は可能性を感じたんです。 ECって、売れるものはいずれどこかに真似されたりするんですけど、 萱野:はい。 舩島:でも、アイヌの人たちが、自分たちの文化をベースに作る商品って、簡単に真似できないし、 誰にでも作れるものでもないから、そこにものすごく可能性を感じました。 萱野:それで「ブランド化した方がいい」って言われたんですよね。 舩島:そうそう。 ただ問題は、「誰がデザインするんだ」って話で。 萱野:そこですよね。 文様のルールが分かってても、“欲しくなる商品”にするのって別のスキルだから。 舩島:そうなんです。 で、ちょうどそのタイミングで、鳥海さんが札幌戻ってくるってFacebookで見たんですよ。 「これは来たな」って思いました(笑)。 萱野:タイミングが全部噛み合ってる。 舩島:本当にそう。 実は鳥海さんとは、もっと前からの知り合いで、 彼女が学生時代に、うちの会社でアルバイトしてたんですよ。 萱野:そうだったんですね。 舩島:札幌市立大学の学生で、すごく一生懸命やる子だったんです。 それで、卒業制作の時に「アイヌ文様をテーマにやってみたら?」って話をして。 萱野:ランプシェードの作品ですよね。 舩島:そうそう。 下から見るとアイヌ文様になってる作品で、すごく良かったんですよ。...

「全部のタイミングが揃った」~役員対談:萱野×舩島~後編

(前回からの続き) 萱野:コロナの時期って、本当に宿泊業界が一気に止まりましたよね。 うちも予約がほぼ全部キャンセルになって。 舩島:かなり厳しかったですよね。 「これどうしたら良い?」っていう相談を、色んな人から受けました。 萱野:その中で、自分はオリジナルTシャツを作ってECで売ってみようと思ったんですよね。 ゲストハウス一本だと危ないなって。 舩島:それを聞いた時、僕は可能性を感じたんです。 ECって、売れるものはいずれどこかに真似されたりするんですけど、 萱野:はい。 舩島:でも、アイヌの人たちが、自分たちの文化をベースに作る商品って、簡単に真似できないし、 誰にでも作れるものでもないから、そこにものすごく可能性を感じました。 萱野:それで「ブランド化した方がいい」って言われたんですよね。 舩島:そうそう。 ただ問題は、「誰がデザインするんだ」って話で。 萱野:そこですよね。 文様のルールが分かってても、“欲しくなる商品”にするのって別のスキルだから。 舩島:そうなんです。 で、ちょうどそのタイミングで、鳥海さんが札幌戻ってくるってFacebookで見たんですよ。 「これは来たな」って思いました(笑)。 萱野:タイミングが全部噛み合ってる。 舩島:本当にそう。 実は鳥海さんとは、もっと前からの知り合いで、 彼女が学生時代に、うちの会社でアルバイトしてたんですよ。 萱野:そうだったんですね。 舩島:札幌市立大学の学生で、すごく一生懸命やる子だったんです。 それで、卒業制作の時に「アイヌ文様をテーマにやってみたら?」って話をして。 萱野:ランプシェードの作品ですよね。 舩島:そうそう。 下から見るとアイヌ文様になってる作品で、すごく良かったんですよ。...

「ゲストハウスから始まった縁」~役員対談:萱野×舩島~前編

「ゲストハウスから始まった縁」~役員対談:萱野×舩島~前編

萱野:今日は、二風谷ワークスのことをもっと知ってもらうために、舩島さんと色々話していこうかなと思っています。 商品だけじゃなくて、「どういう人たちがやってる会社なのか」っていう部分も伝わったらいいなと思っていて。 まずは、舩島さんの今の役割から教えてください。 舩島:はい。今の二風谷ワークスでは、主にBtoBの窓口ですね。 企業さんから「アイヌ文様を使った商品を作りたい」とか、「ロゴに取り入れたい」っていう相談をいただくことが多いので、そのやり取りや商談を担当しています。 最近は、二風谷ワークスの商品を取り扱いたいという店舗さんも増えてきていて、そういう取引先とのやり取りもしています。 萱野:本当に、会社の外側の窓口を全部やってもらってる感じですよね。 僕たちはどうしても、ものづくりとか制作の方に集中しがちなんで。 舩島:そうですね。僕はどちらかというと、今までずっと“商売”をやってきた人間なので、 二風谷ワークスの若いチームの中で、これまでの経験をフィードバックできればいいなって考えてます。 萱野:舩島さんって、僕らからすると少し上の世代じゃないですか。 今おいくつでしたっけ? 舩島:今年63ですね。 普通の会社だったら、もう定年してる年齢です(笑)。 萱野:でも全然そんな感じしないですよね。 舩島:いやいや、中身はおじさんですよ。(笑) これまでも様々な仕事に取り組んできましたが、若い人たちと仕事することが多かったので、そう見えるだけかもですね。 萱野:最初は何から始めたんですか? 舩島:25歳の時に、千歳で飲食店を始めたのが最初です。 企業に勤めたこともありますが、何というかモチベーションが湧かなくて、それで自分でやってみようと始めました。 萱野:料理も自分で? 舩島:作ってました。 学生時代に結婚式場などでアルバイトしていたのですが、その時にシェフの姿を見て料理が好きになったんです。 萱野:そこから、今度はおもちゃ屋をやってたって話もありましたよね。 舩島:そうそう。 スーパーファミコン全盛期ですね。 ゲームだけじゃなくて、将棋とかぬいぐるみとか、何でも置いてるタイプのおもちゃ屋でした。そこで小売の仕組みを徹底的に学びました。 萱野:かなり在庫も抱える仕事ですよね。 舩島:在庫は多かったですね、色々な商品ありましたから。 12月のピーク時は5,000万円分ぐらいありましたね。売上げも順調でした。...

「ゲストハウスから始まった縁」~役員対談:萱野×舩島~前編

萱野:今日は、二風谷ワークスのことをもっと知ってもらうために、舩島さんと色々話していこうかなと思っています。 商品だけじゃなくて、「どういう人たちがやってる会社なのか」っていう部分も伝わったらいいなと思っていて。 まずは、舩島さんの今の役割から教えてください。 舩島:はい。今の二風谷ワークスでは、主にBtoBの窓口ですね。 企業さんから「アイヌ文様を使った商品を作りたい」とか、「ロゴに取り入れたい」っていう相談をいただくことが多いので、そのやり取りや商談を担当しています。 最近は、二風谷ワークスの商品を取り扱いたいという店舗さんも増えてきていて、そういう取引先とのやり取りもしています。 萱野:本当に、会社の外側の窓口を全部やってもらってる感じですよね。 僕たちはどうしても、ものづくりとか制作の方に集中しがちなんで。 舩島:そうですね。僕はどちらかというと、今までずっと“商売”をやってきた人間なので、 二風谷ワークスの若いチームの中で、これまでの経験をフィードバックできればいいなって考えてます。 萱野:舩島さんって、僕らからすると少し上の世代じゃないですか。 今おいくつでしたっけ? 舩島:今年63ですね。 普通の会社だったら、もう定年してる年齢です(笑)。 萱野:でも全然そんな感じしないですよね。 舩島:いやいや、中身はおじさんですよ。(笑) これまでも様々な仕事に取り組んできましたが、若い人たちと仕事することが多かったので、そう見えるだけかもですね。 萱野:最初は何から始めたんですか? 舩島:25歳の時に、千歳で飲食店を始めたのが最初です。 企業に勤めたこともありますが、何というかモチベーションが湧かなくて、それで自分でやってみようと始めました。 萱野:料理も自分で? 舩島:作ってました。 学生時代に結婚式場などでアルバイトしていたのですが、その時にシェフの姿を見て料理が好きになったんです。 萱野:そこから、今度はおもちゃ屋をやってたって話もありましたよね。 舩島:そうそう。 スーパーファミコン全盛期ですね。 ゲームだけじゃなくて、将棋とかぬいぐるみとか、何でも置いてるタイプのおもちゃ屋でした。そこで小売の仕組みを徹底的に学びました。 萱野:かなり在庫も抱える仕事ですよね。 舩島:在庫は多かったですね、色々な商品ありましたから。 12月のピーク時は5,000万円分ぐらいありましたね。売上げも順調でした。...

「アイヌ文様を、今の暮らしの中へ」~役員対談 萱野×鳥海~後編

「アイヌ文様を、今の暮らしの中へ」~役員対談 萱野×鳥海~後編

(前回からの続き) 萱野:最初の頃って、Tシャツから始まりましたよね。 鳥海:はい。2023年のチプサンケの頃から、本格的にTシャツを作り始めたと思います。 萱野:あの頃から、やっぱりデザインが良かったんですよね。 線画のシリーズもそうだし、「普段使いできる」っていうのがすごく大きかった。 工芸品そのものではないけど、アイヌ文化を日常の中に取り入れてもらう。 そういう入り口として、とても良い形だなと思っていました。 鳥海:デザインする時に意識しているのは、「まず自分が欲しいと思えるか」です。 ブランドを立ち上げる時に色々とリサーチしましたが、アイヌ文様の商品って、どうしても渋めのテイストが多かったりして。 もちろんそれはそれで素敵なんですけど、「自分で実際に使うかな?」って考えると、購入まで至らないものも多かったんです。 だから、それをデザインの力で、もっと自然に生活の中に取り入れられるようにできないかなと思っていました。 普段使いしやすい色使いも意識しています。 萱野:僕も今まさに、チプサンケ2025のTシャツを着てますけど、普段使いできるのがいいですよね。 特別な時だけじゃなく、日常で着られる。 鳥海:アイヌ文様そのものは、本当に素晴らしくて、表現の幅が広いと思っています。 作家さんごとの個性もすごく出るし、いろんなものに転用できる可能性がある。 だから、「どう取り入れるか」「どう見せるか」が大事だと思いました。 伝統として残す部分はしっかり残しつつ、新しい要素も取り入れていく。 それが二風谷ワークスのやり方だと思っています。 萱野:最近だと、「洗練されている」って言ってもらえることも増えましたよね。 鳥海:それはすごく嬉しいですね。 私たちが目指している方向性でもあると思います。 萱野:Tシャツの次に大きかったのが、今治タオルのブランケットでしたよね。 クラウドファンディングから始めて。 鳥海:そうですね。 あれは、役員の廣田さんから「ブランケットみたいなものが欲しい」という話があったのがきっかけでした。 ちょうどその頃、ブランドとしてどこを参考にできるか考えていて、アメリカの「Pendleton」みたいな存在が近いのかなと思いました。 ネイティブアメリカンの伝統的な文様を、ブランケットやアパレルに落とし込んでいるブランドです。 「北海道発で、そういうブランドがあってもいいんじゃないか」と思ったのが始まりでした。 萱野:デザインには、僕のおばあさんが作った着物の文様を使っています。...

「アイヌ文様を、今の暮らしの中へ」~役員対談 萱野×鳥海~後編

(前回からの続き) 萱野:最初の頃って、Tシャツから始まりましたよね。 鳥海:はい。2023年のチプサンケの頃から、本格的にTシャツを作り始めたと思います。 萱野:あの頃から、やっぱりデザインが良かったんですよね。 線画のシリーズもそうだし、「普段使いできる」っていうのがすごく大きかった。 工芸品そのものではないけど、アイヌ文化を日常の中に取り入れてもらう。 そういう入り口として、とても良い形だなと思っていました。 鳥海:デザインする時に意識しているのは、「まず自分が欲しいと思えるか」です。 ブランドを立ち上げる時に色々とリサーチしましたが、アイヌ文様の商品って、どうしても渋めのテイストが多かったりして。 もちろんそれはそれで素敵なんですけど、「自分で実際に使うかな?」って考えると、購入まで至らないものも多かったんです。 だから、それをデザインの力で、もっと自然に生活の中に取り入れられるようにできないかなと思っていました。 普段使いしやすい色使いも意識しています。 萱野:僕も今まさに、チプサンケ2025のTシャツを着てますけど、普段使いできるのがいいですよね。 特別な時だけじゃなく、日常で着られる。 鳥海:アイヌ文様そのものは、本当に素晴らしくて、表現の幅が広いと思っています。 作家さんごとの個性もすごく出るし、いろんなものに転用できる可能性がある。 だから、「どう取り入れるか」「どう見せるか」が大事だと思いました。 伝統として残す部分はしっかり残しつつ、新しい要素も取り入れていく。 それが二風谷ワークスのやり方だと思っています。 萱野:最近だと、「洗練されている」って言ってもらえることも増えましたよね。 鳥海:それはすごく嬉しいですね。 私たちが目指している方向性でもあると思います。 萱野:Tシャツの次に大きかったのが、今治タオルのブランケットでしたよね。 クラウドファンディングから始めて。 鳥海:そうですね。 あれは、役員の廣田さんから「ブランケットみたいなものが欲しい」という話があったのがきっかけでした。 ちょうどその頃、ブランドとしてどこを参考にできるか考えていて、アメリカの「Pendleton」みたいな存在が近いのかなと思いました。 ネイティブアメリカンの伝統的な文様を、ブランケットやアパレルに落とし込んでいるブランドです。 「北海道発で、そういうブランドがあってもいいんじゃないか」と思ったのが始まりでした。 萱野:デザインには、僕のおばあさんが作った着物の文様を使っています。...

「二風谷ワークスはどう始まったのか」~役員対談:萱野×鳥海~前編

「二風谷ワークスはどう始まったのか」~役員対談:萱野×鳥海~前編

萱野:今日は、二風谷ワークスの役員兼デザイナーの鳥海さんに、これまでの経歴や、どうして二風谷ワークスに関わるようになったのかを聞いていこうと思います。まずは自己紹介からお願いします。 鳥海:私は二風谷ワークスの役員兼デザイナーとして、ブランディングや商品開発、デザイン業務全般に関わっています。 札幌出身で、大学ではプロダクトデザインを専攻していました。卒業後は奈良県にある「中川政七商店」に6年ほど勤めて、生産管理やバイヤー、商品企画・デザインなどの仕事をしていました。 その中で、日本各地の伝統工芸や職人さんたちと関わる機会があって、ものづくりの現場に深く携わってきました。 コロナ禍をきっかけに札幌へUターンして、その後、二風谷ワークスの役員でもある舩島さんに声をかけてもらって、萱野さんと出会ったのが今につながっています。 萱野:札幌の大学から奈良へ行ったんですよね。 鳥海:そうですね。本当は大学で本州の美大へ進学するという憧れはあったんですけど、結果的に札幌でデザインを学びました。 ただ、就職では「道外に出てもっと広い視野で日本のものづくりに関わりたい」という気持ちが強くなり、奈良の会社に入社しました。 萱野:僕は苫小牧高専出身なんですけど、鳥海さんの大学って、もともと札幌市立高専だったところですよね。 鳥海:そうです。高専が4年制大学になった後でした。 大学では機械系やプログラミングみたいな授業もありましたけど、私はもっと手仕事のようなあたたかみのあるものに惹かれていって。 卒業制作では、アイヌ文様を取り入れたランプシェードを制作しました。 萱野:その頃からアイヌ文化に興味があったんですか? 鳥海:実は、そのきっかけをくれたのも舩島さんなんです。 大学時代、アルバイトで舩島さんの会社に行く機会があって、卒業制作のテーマを相談した時に、 「せっかく北海道にいるなら、アイヌ文化をテーマにしたらいいんじゃないか」 と言っていただいて。 北海道出身なのに、自分はアイヌ文化を深く知らなかったなと思って、それをきっかけに研究を始めました。 萱野:僕と舩島さんは、ゲストハウスを立ち上げる前からの付き合いなんですよね。 旭川のゲストハウスで住み込みをしながら事業計画を作っていた時の知人経由で舩島さんが僕を知って、わざわざ二風谷まで来てくれたんです。 そこから、ゲストハウスの公式サイト制作などでもお世話になって、今につながっています。 鳥海:本当に、舩島さんがつないでくれたご縁ですね。 萱野:中川政七商店では6年間働いていたわけですが、その頃から北海道のものづくりに関わりたい気持ちはあったんですか? 鳥海:ありました。 北海道の工芸やアイヌ文化に関わるものづくりをしたいという気持ちはずっとあって、自分がその橋渡し役になれたらいいなと思っていました。 ただ、会社として関わる先はどうしても関西近郊や本州の企業が多くて、在籍中に北海道の企業との縁を深めることはなかなかできなかったんです。 実は卒業制作を商品化したいと当時の上司に相談したこともありました。 それくらい、地元と関わるものづくりへの思いは強かったですね。 萱野:僕は、コロナ禍でゲストハウスのお客さんが激減した時期に、オンライン物販に可能性を感じて、Tシャツの製造設備を入れてECを始めたんですよね。 地元のアイヌ工芸作家さんにデザインをお願いして商品を作ってみたんですけど、やっぱり「売れる商品を作るノウハウ」は自分にはなかった。...

「二風谷ワークスはどう始まったのか」~役員対談:萱野×鳥海~前編

萱野:今日は、二風谷ワークスの役員兼デザイナーの鳥海さんに、これまでの経歴や、どうして二風谷ワークスに関わるようになったのかを聞いていこうと思います。まずは自己紹介からお願いします。 鳥海:私は二風谷ワークスの役員兼デザイナーとして、ブランディングや商品開発、デザイン業務全般に関わっています。 札幌出身で、大学ではプロダクトデザインを専攻していました。卒業後は奈良県にある「中川政七商店」に6年ほど勤めて、生産管理やバイヤー、商品企画・デザインなどの仕事をしていました。 その中で、日本各地の伝統工芸や職人さんたちと関わる機会があって、ものづくりの現場に深く携わってきました。 コロナ禍をきっかけに札幌へUターンして、その後、二風谷ワークスの役員でもある舩島さんに声をかけてもらって、萱野さんと出会ったのが今につながっています。 萱野:札幌の大学から奈良へ行ったんですよね。 鳥海:そうですね。本当は大学で本州の美大へ進学するという憧れはあったんですけど、結果的に札幌でデザインを学びました。 ただ、就職では「道外に出てもっと広い視野で日本のものづくりに関わりたい」という気持ちが強くなり、奈良の会社に入社しました。 萱野:僕は苫小牧高専出身なんですけど、鳥海さんの大学って、もともと札幌市立高専だったところですよね。 鳥海:そうです。高専が4年制大学になった後でした。 大学では機械系やプログラミングみたいな授業もありましたけど、私はもっと手仕事のようなあたたかみのあるものに惹かれていって。 卒業制作では、アイヌ文様を取り入れたランプシェードを制作しました。 萱野:その頃からアイヌ文化に興味があったんですか? 鳥海:実は、そのきっかけをくれたのも舩島さんなんです。 大学時代、アルバイトで舩島さんの会社に行く機会があって、卒業制作のテーマを相談した時に、 「せっかく北海道にいるなら、アイヌ文化をテーマにしたらいいんじゃないか」 と言っていただいて。 北海道出身なのに、自分はアイヌ文化を深く知らなかったなと思って、それをきっかけに研究を始めました。 萱野:僕と舩島さんは、ゲストハウスを立ち上げる前からの付き合いなんですよね。 旭川のゲストハウスで住み込みをしながら事業計画を作っていた時の知人経由で舩島さんが僕を知って、わざわざ二風谷まで来てくれたんです。 そこから、ゲストハウスの公式サイト制作などでもお世話になって、今につながっています。 鳥海:本当に、舩島さんがつないでくれたご縁ですね。 萱野:中川政七商店では6年間働いていたわけですが、その頃から北海道のものづくりに関わりたい気持ちはあったんですか? 鳥海:ありました。 北海道の工芸やアイヌ文化に関わるものづくりをしたいという気持ちはずっとあって、自分がその橋渡し役になれたらいいなと思っていました。 ただ、会社として関わる先はどうしても関西近郊や本州の企業が多くて、在籍中に北海道の企業との縁を深めることはなかなかできなかったんです。 実は卒業制作を商品化したいと当時の上司に相談したこともありました。 それくらい、地元と関わるものづくりへの思いは強かったですね。 萱野:僕は、コロナ禍でゲストハウスのお客さんが激減した時期に、オンライン物販に可能性を感じて、Tシャツの製造設備を入れてECを始めたんですよね。 地元のアイヌ工芸作家さんにデザインをお願いして商品を作ってみたんですけど、やっぱり「売れる商品を作るノウハウ」は自分にはなかった。...