コラム

「てぬぐい ainu mingu」に描かれているアイヌの民具について

「てぬぐい ainu mingu」に描かれているアイヌの民具について

アイヌの伝統的な考えでは、自然界のあらゆるものには魂が宿っており、カムイ(神)と認識されていました。 日常的に使う道具にさえ、彫刻や刺繍で丁寧に文様が施されているのは、人間が作った道具であっても魂が宿ると考え、大切に扱うアイヌの豊かな精神性を表していると私たちは考えます。 ここでは「てぬぐい ainu mingu」に描かれている伝統的なアイヌの民具について一つひとつ紹介していきます。 民具の解説は、萱野茂著『アイヌの民具』(1978年初版発行)に記された内容をもとに、要約・編集して掲載しています。   ① アットゥㇱ / attus アットゥㇱは、アッニ(オヒョウ)の樹皮の繊維から糸を作り、それを織って作った衣服です。古くは鹿などの動物の毛皮を使う方法もありましたが、アットゥㇱを使うようになってからは、木綿や絹糸を手に入れやすくなり、それらを衣服の刺繍に使うようにもなりました。織り方や刺繍、仕立てにはさまざまな工夫があり、日常着として用いられました。 出典:萱野茂『アイヌの民具』59–60頁   ② シトペラ / sitopera シトペラは、大きな団子を切ったり、大きな鍋の中から団子をすくったりするための道具です。トペニ(イタヤ)やプㇱニ(ホオ)など、弾力性があり、臭いのつきにくい木が使われました。厚さは1cm程度、長さは50cm以上にもなり、柄の部分は持ちやすいように細く削り、ヘラ全体に思い思いの彫刻を施します。熊送りの儀式や祝い事など大きな行事が行われる際にアチャシトやシトニンといった団子がつくられ、シトペラが使われました。 出典:萱野茂『アイヌの民具』221–223頁 ③ マキリ / makiri マキリというのは小刀の総称ですが、山行きのときにいちばん使いやすいのがマキリでした。刃は少し反りがあり、両刃です。マキリのさやは、トペニ(イタヤ)やネㇱコ(クルミ)などの木を削って作ります。直径十五センチくらいの太さの丸太を二つ割りにし、作るさやの大きさに合わせて切ります。思い思いの彫刻を施し、腰に下げて大切に持ち歩きました。木を彫ったり、皮をはいだり、炊事に使ったりと、何にでも使える万能な道具でした。 出典:萱野茂『アイヌの民具』27頁 ④ トゥキ / tuki・オユㇱペ /...

「てぬぐい ainu mingu」に描かれているアイヌの民具について

アイヌの伝統的な考えでは、自然界のあらゆるものには魂が宿っており、カムイ(神)と認識されていました。 日常的に使う道具にさえ、彫刻や刺繍で丁寧に文様が施されているのは、人間が作った道具であっても魂が宿ると考え、大切に扱うアイヌの豊かな精神性を表していると私たちは考えます。 ここでは「てぬぐい ainu mingu」に描かれている伝統的なアイヌの民具について一つひとつ紹介していきます。 民具の解説は、萱野茂著『アイヌの民具』(1978年初版発行)に記された内容をもとに、要約・編集して掲載しています。   ① アットゥㇱ / attus アットゥㇱは、アッニ(オヒョウ)の樹皮の繊維から糸を作り、それを織って作った衣服です。古くは鹿などの動物の毛皮を使う方法もありましたが、アットゥㇱを使うようになってからは、木綿や絹糸を手に入れやすくなり、それらを衣服の刺繍に使うようにもなりました。織り方や刺繍、仕立てにはさまざまな工夫があり、日常着として用いられました。 出典:萱野茂『アイヌの民具』59–60頁   ② シトペラ / sitopera シトペラは、大きな団子を切ったり、大きな鍋の中から団子をすくったりするための道具です。トペニ(イタヤ)やプㇱニ(ホオ)など、弾力性があり、臭いのつきにくい木が使われました。厚さは1cm程度、長さは50cm以上にもなり、柄の部分は持ちやすいように細く削り、ヘラ全体に思い思いの彫刻を施します。熊送りの儀式や祝い事など大きな行事が行われる際にアチャシトやシトニンといった団子がつくられ、シトペラが使われました。 出典:萱野茂『アイヌの民具』221–223頁 ③ マキリ / makiri マキリというのは小刀の総称ですが、山行きのときにいちばん使いやすいのがマキリでした。刃は少し反りがあり、両刃です。マキリのさやは、トペニ(イタヤ)やネㇱコ(クルミ)などの木を削って作ります。直径十五センチくらいの太さの丸太を二つ割りにし、作るさやの大きさに合わせて切ります。思い思いの彫刻を施し、腰に下げて大切に持ち歩きました。木を彫ったり、皮をはいだり、炊事に使ったりと、何にでも使える万能な道具でした。 出典:萱野茂『アイヌの民具』27頁 ④ トゥキ / tuki・オユㇱペ /...

アイヌ文化を使うなら、アイヌも一緒に。─文化の盗用について考える

アイヌ文化を使うなら、アイヌも一緒に。─文化の盗用について考える

大切なのは、「何を使うか」ではなく「誰が使うか」   鳥海: 最近、「アイヌ文様を使った商品を作りたい」「アイヌ語をブランド名に使いたい」という相談をいただくことが増えてきました。 その一方で、「文化の盗用になってしまうのではないか」と心配される方も多いんです。 中には、「善意で文化を広めようとしているだけなのに、それもダメなんですか?」という質問もあります。 今日は、そのあたりをもう少し掘り下げてお話ししたいと思います。 萱野: まず最初に言っておきたいのは、僕は「アイヌ文化を使うこと自体が悪い」とは思っていません。 文化は昔から、お互いに影響を受けながら発展してきたものです。 だから、「他の文化を取り入れる」という行為そのものを否定するつもりはありません。 でも、「文化の盗用」という話になると、一番大事なのは何を使うかではなく、誰が使うかなんです。 ここを抜いてしまうと、この問題は見えてきません。 鳥海: 「誰が使うか」が、一番重要なんですね。 萱野: そうです。 今、Googleで「文化の盗用」と検索すると、「歴史的な背景や敬意を欠いたまま、支配的な立場にある側が少数派の文化を利益やファッションとして利用すること」といった説明が出てきます。 結局、問題になるのは、相対的に強い立場にある側が、弱い立場に置かれてきた人たちの文化を使うことなんです。 例えば、日本でジーンズを作っても、ほとんど誰も問題にはしません。 アメリカという文化は、経済的にも文化的にも大きな力を持っています。 その文化を日本人が取り入れたからといって、「搾取だ」とはなりにくい。 でも逆の立場になると話は変わります。 以前、アメリカの有名人が「Kimono」という名前で下着ブランドを立ち上げようとして、大きな批判を受けたことがありました。 それは、単に「着物」という言葉を使ったからではありません。 文化的にも経済的にも大きな影響力を持つ側が、日本の伝統文化を自分たちの商品として利用したことに、多くの人が違和感を覚えたからです。 つまり、同じ行為に見えても、立場が違えば意味は変わる。 文化の盗用というのは、そういう問題なんです。 鳥海: それをアイヌ文化に当てはめると、どうなりますか。...

アイヌ文化を使うなら、アイヌも一緒に。─文化の盗用について考える

大切なのは、「何を使うか」ではなく「誰が使うか」   鳥海: 最近、「アイヌ文様を使った商品を作りたい」「アイヌ語をブランド名に使いたい」という相談をいただくことが増えてきました。 その一方で、「文化の盗用になってしまうのではないか」と心配される方も多いんです。 中には、「善意で文化を広めようとしているだけなのに、それもダメなんですか?」という質問もあります。 今日は、そのあたりをもう少し掘り下げてお話ししたいと思います。 萱野: まず最初に言っておきたいのは、僕は「アイヌ文化を使うこと自体が悪い」とは思っていません。 文化は昔から、お互いに影響を受けながら発展してきたものです。 だから、「他の文化を取り入れる」という行為そのものを否定するつもりはありません。 でも、「文化の盗用」という話になると、一番大事なのは何を使うかではなく、誰が使うかなんです。 ここを抜いてしまうと、この問題は見えてきません。 鳥海: 「誰が使うか」が、一番重要なんですね。 萱野: そうです。 今、Googleで「文化の盗用」と検索すると、「歴史的な背景や敬意を欠いたまま、支配的な立場にある側が少数派の文化を利益やファッションとして利用すること」といった説明が出てきます。 結局、問題になるのは、相対的に強い立場にある側が、弱い立場に置かれてきた人たちの文化を使うことなんです。 例えば、日本でジーンズを作っても、ほとんど誰も問題にはしません。 アメリカという文化は、経済的にも文化的にも大きな力を持っています。 その文化を日本人が取り入れたからといって、「搾取だ」とはなりにくい。 でも逆の立場になると話は変わります。 以前、アメリカの有名人が「Kimono」という名前で下着ブランドを立ち上げようとして、大きな批判を受けたことがありました。 それは、単に「着物」という言葉を使ったからではありません。 文化的にも経済的にも大きな影響力を持つ側が、日本の伝統文化を自分たちの商品として利用したことに、多くの人が違和感を覚えたからです。 つまり、同じ行為に見えても、立場が違えば意味は変わる。 文化の盗用というのは、そういう問題なんです。 鳥海: それをアイヌ文化に当てはめると、どうなりますか。...

文化は、暮らしの中で受け継がれていく。─NIBUTANI WORKSとramguが目指していること

文化は、暮らしの中で受け継がれていく。─NIBUTANI WORKSとramguが目指していること

前回は、「アイヌ文様に意味はあるのか」というテーマでお話ししました。 「魔除け」という考え方はあるけれど、それだけでは説明できないこと。 そして、文様は一つひとつに意味があるというより、人が「美しい」と感じ、長い時間をかけて受け継がれてきたデザインなのではないか、という話でした。 では、その文化はこれから先、どう受け継がれていくのでしょうか。 今回は、NIBUTANI WORKSとramguというブランドを立ち上げた理由について話しました。 デザインは、少しずつ変わっていく   鳥海: 前回のお話を聞いていて思ったのですが、文化ってずっと同じ形で残ってきたわけではないですよね。 文様も、少しずつ変わってきたんでしょうか。 萱野: そう思うね。 デザインって、ゆるやかに変わっていくものなんだよ。 「これが昔からの形です」っていうものがあっても、やっぱりセンスのある人は少し崩したり個性を出したりしたくなる。 今まで誰もやっていない表現をしたくなるんだよね。 でも、その人が新しい形を作ったからといって、それだけで文化になるわけじゃない。 周りの人が「それ、いいね」と思って真似をする。 そうして少しずつ広がっていくことで、文化になっていくんじゃないかな。 鳥海: 一人の作品と、文化になるものは違うんですね。 萱野: そう。 例えば砂澤ビッキさん。 本当にすごい彫刻家だけど、あれは「アイヌ文様」というより、「ビッキの作品」なんだよね。 もちろんアイヌ文化の中から生まれた表現なんだけど、それがそのまま伝統になるわけじゃない。 長い時間をかけて受け継がれて初めて、文化になっていくんだと思う。 文化は、文化の中から育っていく   鳥海:...

文化は、暮らしの中で受け継がれていく。─NIBUTANI WORKSとramguが目指していること

前回は、「アイヌ文様に意味はあるのか」というテーマでお話ししました。 「魔除け」という考え方はあるけれど、それだけでは説明できないこと。 そして、文様は一つひとつに意味があるというより、人が「美しい」と感じ、長い時間をかけて受け継がれてきたデザインなのではないか、という話でした。 では、その文化はこれから先、どう受け継がれていくのでしょうか。 今回は、NIBUTANI WORKSとramguというブランドを立ち上げた理由について話しました。 デザインは、少しずつ変わっていく   鳥海: 前回のお話を聞いていて思ったのですが、文化ってずっと同じ形で残ってきたわけではないですよね。 文様も、少しずつ変わってきたんでしょうか。 萱野: そう思うね。 デザインって、ゆるやかに変わっていくものなんだよ。 「これが昔からの形です」っていうものがあっても、やっぱりセンスのある人は少し崩したり個性を出したりしたくなる。 今まで誰もやっていない表現をしたくなるんだよね。 でも、その人が新しい形を作ったからといって、それだけで文化になるわけじゃない。 周りの人が「それ、いいね」と思って真似をする。 そうして少しずつ広がっていくことで、文化になっていくんじゃないかな。 鳥海: 一人の作品と、文化になるものは違うんですね。 萱野: そう。 例えば砂澤ビッキさん。 本当にすごい彫刻家だけど、あれは「アイヌ文様」というより、「ビッキの作品」なんだよね。 もちろんアイヌ文化の中から生まれた表現なんだけど、それがそのまま伝統になるわけじゃない。 長い時間をかけて受け継がれて初めて、文化になっていくんだと思う。 文化は、文化の中から育っていく   鳥海:...

アイヌ文様に意味はあるの?─「魔除け」と言い切れない理由

アイヌ文様に意味はあるの?─「魔除け」と言い切れない理由

「アイヌ文様にはどんな意味があるんですか?」 二風谷ワークスで商品を販売していると、本当によくいただく質問です。 「魔除けなんですよね?」 「渦巻きには意味があるんですか?」 「トゲみたいな形には何か由来があるんですか?」 今回は、そんな疑問について改めて話してみました。 「魔除け」という説は、どこから来たのか   鳥海: アイヌ文様について一番多くいただく質問が、「意味」についてなんです。 特に「魔除けの意味があるんですか?」という質問は本当によくいただきます。 今日は改めて、萱野さんが考えるアイヌ文様の意味やルールについて聞かせてください。 萱野: そうだね。 たぶんこの質問って、明治の頃からずっと聞かれてきたものなんじゃないかな。 今でも一番多い質問だと思う。 でも、僕は「意味」ってすごく難しいと思ってるんだよね。 よく言われる「魔除け」という話なんだけど、これは昔の研究者がアイヌの人たちに「この文様にはどんな意味がありますか?」って聞いたときに、「魔除け」と答えた人がいて、その説が広く知られるようになったと言われているんだよね。 だから、「魔除け」という考え方があること自体は事実だと思う。 現代でもそう考えて商品を作っているアイヌの人もいるし、それを否定したいわけではない。 ただ、「一番最初に文様を作った人が、本当にそういう意味で作ったのか」というと、それは今となっては誰にも分からない。 だから、「アイヌ文様は魔除けです」と言い切ってしまうのは、ちょっと違うのかなと思ってる。 鳥海: 「魔除けではない」ということではなく、「それだけでは説明できない」ということなんですね。 萱野: そうそう。 何百年、何千年も前の話だからね。 親から子へ、そのまた子へと受け継がれてきたものだから、一番最初に作った人が何を考えていたかなんて、もう分からない。 だから「これが正解」というものは、たぶんないんだと思う。 萱野茂が話していた「タラ」の話 ...

アイヌ文様に意味はあるの?─「魔除け」と言い切れない理由

「アイヌ文様にはどんな意味があるんですか?」 二風谷ワークスで商品を販売していると、本当によくいただく質問です。 「魔除けなんですよね?」 「渦巻きには意味があるんですか?」 「トゲみたいな形には何か由来があるんですか?」 今回は、そんな疑問について改めて話してみました。 「魔除け」という説は、どこから来たのか   鳥海: アイヌ文様について一番多くいただく質問が、「意味」についてなんです。 特に「魔除けの意味があるんですか?」という質問は本当によくいただきます。 今日は改めて、萱野さんが考えるアイヌ文様の意味やルールについて聞かせてください。 萱野: そうだね。 たぶんこの質問って、明治の頃からずっと聞かれてきたものなんじゃないかな。 今でも一番多い質問だと思う。 でも、僕は「意味」ってすごく難しいと思ってるんだよね。 よく言われる「魔除け」という話なんだけど、これは昔の研究者がアイヌの人たちに「この文様にはどんな意味がありますか?」って聞いたときに、「魔除け」と答えた人がいて、その説が広く知られるようになったと言われているんだよね。 だから、「魔除け」という考え方があること自体は事実だと思う。 現代でもそう考えて商品を作っているアイヌの人もいるし、それを否定したいわけではない。 ただ、「一番最初に文様を作った人が、本当にそういう意味で作ったのか」というと、それは今となっては誰にも分からない。 だから、「アイヌ文様は魔除けです」と言い切ってしまうのは、ちょっと違うのかなと思ってる。 鳥海: 「魔除けではない」ということではなく、「それだけでは説明できない」ということなんですね。 萱野: そうそう。 何百年、何千年も前の話だからね。 親から子へ、そのまた子へと受け継がれてきたものだから、一番最初に作った人が何を考えていたかなんて、もう分からない。 だから「これが正解」というものは、たぶんないんだと思う。 萱野茂が話していた「タラ」の話 ...

「全部のタイミングが揃った」~役員対談:萱野×舩島~後編

「全部のタイミングが揃った」~役員対談:萱野×舩島~後編

(前回からの続き) 萱野:コロナの時期って、本当に宿泊業界が一気に止まりましたよね。 うちも予約がほぼ全部キャンセルになって。 舩島:かなり厳しかったですよね。 「これどうしたら良い?」っていう相談を、色んな人から受けました。 萱野:その中で、自分はオリジナルTシャツを作ってECで売ってみようと思ったんですよね。 ゲストハウス一本だと危ないなって。 舩島:それを聞いた時、僕は可能性を感じたんです。 ECって、売れるものはいずれどこかに真似されたりするんですけど、 萱野:はい。 舩島:でも、アイヌの人たちが、自分たちの文化をベースに作る商品って、簡単に真似できないし、 誰にでも作れるものでもないから、そこにものすごく可能性を感じました。 萱野:それで「ブランド化した方がいい」って言われたんですよね。 舩島:そうそう。 ただ問題は、「誰がデザインするんだ」って話で。 萱野:そこですよね。 文様のルールが分かってても、“欲しくなる商品”にするのって別のスキルだから。 舩島:そうなんです。 で、ちょうどそのタイミングで、鳥海さんが札幌戻ってくるってFacebookで見たんですよ。 「これは来たな」って思いました(笑)。 萱野:タイミングが全部噛み合ってる。 舩島:本当にそう。 実は鳥海さんとは、もっと前からの知り合いで、 彼女が学生時代に、うちの会社でアルバイトしてたんですよ。 萱野:そうだったんですね。 舩島:札幌市立大学の学生で、すごく一生懸命やる子だったんです。 それで、卒業制作の時に「アイヌ文様をテーマにやってみたら?」って話をして。 萱野:ランプシェードの作品ですよね。 舩島:そうそう。 下から見るとアイヌ文様になってる作品で、すごく良かったんですよ。...

「全部のタイミングが揃った」~役員対談:萱野×舩島~後編

(前回からの続き) 萱野:コロナの時期って、本当に宿泊業界が一気に止まりましたよね。 うちも予約がほぼ全部キャンセルになって。 舩島:かなり厳しかったですよね。 「これどうしたら良い?」っていう相談を、色んな人から受けました。 萱野:その中で、自分はオリジナルTシャツを作ってECで売ってみようと思ったんですよね。 ゲストハウス一本だと危ないなって。 舩島:それを聞いた時、僕は可能性を感じたんです。 ECって、売れるものはいずれどこかに真似されたりするんですけど、 萱野:はい。 舩島:でも、アイヌの人たちが、自分たちの文化をベースに作る商品って、簡単に真似できないし、 誰にでも作れるものでもないから、そこにものすごく可能性を感じました。 萱野:それで「ブランド化した方がいい」って言われたんですよね。 舩島:そうそう。 ただ問題は、「誰がデザインするんだ」って話で。 萱野:そこですよね。 文様のルールが分かってても、“欲しくなる商品”にするのって別のスキルだから。 舩島:そうなんです。 で、ちょうどそのタイミングで、鳥海さんが札幌戻ってくるってFacebookで見たんですよ。 「これは来たな」って思いました(笑)。 萱野:タイミングが全部噛み合ってる。 舩島:本当にそう。 実は鳥海さんとは、もっと前からの知り合いで、 彼女が学生時代に、うちの会社でアルバイトしてたんですよ。 萱野:そうだったんですね。 舩島:札幌市立大学の学生で、すごく一生懸命やる子だったんです。 それで、卒業制作の時に「アイヌ文様をテーマにやってみたら?」って話をして。 萱野:ランプシェードの作品ですよね。 舩島:そうそう。 下から見るとアイヌ文様になってる作品で、すごく良かったんですよ。...

「ゲストハウスから始まった縁」~役員対談:萱野×舩島~前編

「ゲストハウスから始まった縁」~役員対談:萱野×舩島~前編

萱野:今日は、二風谷ワークスのことをもっと知ってもらうために、舩島さんと色々話していこうかなと思っています。 商品だけじゃなくて、「どういう人たちがやってる会社なのか」っていう部分も伝わったらいいなと思っていて。 まずは、舩島さんの今の役割から教えてください。 舩島:はい。今の二風谷ワークスでは、主にBtoBの窓口ですね。 企業さんから「アイヌ文様を使った商品を作りたい」とか、「ロゴに取り入れたい」っていう相談をいただくことが多いので、そのやり取りや商談を担当しています。 最近は、二風谷ワークスの商品を取り扱いたいという店舗さんも増えてきていて、そういう取引先とのやり取りもしています。 萱野:本当に、会社の外側の窓口を全部やってもらってる感じですよね。 僕たちはどうしても、ものづくりとか制作の方に集中しがちなんで。 舩島:そうですね。僕はどちらかというと、今までずっと“商売”をやってきた人間なので、 二風谷ワークスの若いチームの中で、これまでの経験をフィードバックできればいいなって考えてます。 萱野:舩島さんって、僕らからすると少し上の世代じゃないですか。 今おいくつでしたっけ? 舩島:今年63ですね。 普通の会社だったら、もう定年してる年齢です(笑)。 萱野:でも全然そんな感じしないですよね。 舩島:いやいや、中身はおじさんですよ。(笑) これまでも様々な仕事に取り組んできましたが、若い人たちと仕事することが多かったので、そう見えるだけかもですね。 萱野:最初は何から始めたんですか? 舩島:25歳の時に、千歳で飲食店を始めたのが最初です。 企業に勤めたこともありますが、何というかモチベーションが湧かなくて、それで自分でやってみようと始めました。 萱野:料理も自分で? 舩島:作ってました。 学生時代に結婚式場などでアルバイトしていたのですが、その時にシェフの姿を見て料理が好きになったんです。 萱野:そこから、今度はおもちゃ屋をやってたって話もありましたよね。 舩島:そうそう。 スーパーファミコン全盛期ですね。 ゲームだけじゃなくて、将棋とかぬいぐるみとか、何でも置いてるタイプのおもちゃ屋でした。そこで小売の仕組みを徹底的に学びました。 萱野:かなり在庫も抱える仕事ですよね。 舩島:在庫は多かったですね、色々な商品ありましたから。 12月のピーク時は5,000万円分ぐらいありましたね。売上げも順調でした。...

「ゲストハウスから始まった縁」~役員対談:萱野×舩島~前編

萱野:今日は、二風谷ワークスのことをもっと知ってもらうために、舩島さんと色々話していこうかなと思っています。 商品だけじゃなくて、「どういう人たちがやってる会社なのか」っていう部分も伝わったらいいなと思っていて。 まずは、舩島さんの今の役割から教えてください。 舩島:はい。今の二風谷ワークスでは、主にBtoBの窓口ですね。 企業さんから「アイヌ文様を使った商品を作りたい」とか、「ロゴに取り入れたい」っていう相談をいただくことが多いので、そのやり取りや商談を担当しています。 最近は、二風谷ワークスの商品を取り扱いたいという店舗さんも増えてきていて、そういう取引先とのやり取りもしています。 萱野:本当に、会社の外側の窓口を全部やってもらってる感じですよね。 僕たちはどうしても、ものづくりとか制作の方に集中しがちなんで。 舩島:そうですね。僕はどちらかというと、今までずっと“商売”をやってきた人間なので、 二風谷ワークスの若いチームの中で、これまでの経験をフィードバックできればいいなって考えてます。 萱野:舩島さんって、僕らからすると少し上の世代じゃないですか。 今おいくつでしたっけ? 舩島:今年63ですね。 普通の会社だったら、もう定年してる年齢です(笑)。 萱野:でも全然そんな感じしないですよね。 舩島:いやいや、中身はおじさんですよ。(笑) これまでも様々な仕事に取り組んできましたが、若い人たちと仕事することが多かったので、そう見えるだけかもですね。 萱野:最初は何から始めたんですか? 舩島:25歳の時に、千歳で飲食店を始めたのが最初です。 企業に勤めたこともありますが、何というかモチベーションが湧かなくて、それで自分でやってみようと始めました。 萱野:料理も自分で? 舩島:作ってました。 学生時代に結婚式場などでアルバイトしていたのですが、その時にシェフの姿を見て料理が好きになったんです。 萱野:そこから、今度はおもちゃ屋をやってたって話もありましたよね。 舩島:そうそう。 スーパーファミコン全盛期ですね。 ゲームだけじゃなくて、将棋とかぬいぐるみとか、何でも置いてるタイプのおもちゃ屋でした。そこで小売の仕組みを徹底的に学びました。 萱野:かなり在庫も抱える仕事ですよね。 舩島:在庫は多かったですね、色々な商品ありましたから。 12月のピーク時は5,000万円分ぐらいありましたね。売上げも順調でした。...