「二風谷ワークスはどう始まったのか」~役員対談:萱野×鳥海~前編
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萱野:
今日は、二風谷ワークスの役員兼デザイナーの鳥海さんに、これまでの経歴や、どうして二風谷ワークスに関わるようになったのかを聞いていこうと思います。まずは自己紹介からお願いします。
鳥海:
私は二風谷ワークスの役員兼デザイナーとして、ブランド全体のブランディングや商品開発、デザイン業務全般に関わっています。
札幌出身で、大学ではプロダクトデザインを専攻していました。卒業後は奈良県にある「中川政七商店」に6年ほど勤めて、生産管理や商品バイヤー、商品企画・デザインなどの仕事をしていました。
その中で、日本各地の伝統工芸や職人さんたちと関わる機会があって、ものづくりの現場に深く携わってきました。
コロナをきっかけに札幌へUターンして、その後、二風谷ワークスの役員でもある舩島さんに声をかけてもらって、萱野さんと出会ったのが今につながっています。
萱野:
札幌の大学から奈良へ行ったんですよね。
鳥海:
そうですね。本当は大学で本州の美大へ進学するという憧れはあったんですけど、結果的に札幌でデザインを学びました。
ただ、就職では「道外に出てもっと広い視野で日本のものづくりに関わりたい」という気持ちが強くなり、奈良の会社に入社しました。
萱野:
僕は苫小牧高専出身なんですけど、鳥海さんの大学って、もともと札幌市立高専だったところですよね。
鳥海:
そうです。高専が4年制大学になった後でした。
大学では機械系やプログラミングみたいな授業もありましたけど、私はもっと手仕事のようなあたたかみのあるものに惹かれていって。
卒業制作では、アイヌ文様を取り入れたランプシェードを制作しました。
萱野:
その頃からアイヌ文化に興味があったんですか?
鳥海:
実は、そのきっかけをくれたのも舩島さんなんです。
大学時代、アルバイトで舩島さんの会社に行く機会があって、卒業制作のテーマを相談した時に、
「せっかく北海道にいるなら、アイヌ文化をテーマにしたらいいんじゃないか」
と言っていただいて。
北海道出身なのに、自分はアイヌ文化を深く知らなかったなと思って、それをきっかけに研究を始めました。
萱野:
僕と舩島さんは、ゲストハウスを立ち上げる前からの付き合いなんですよね。
旭川のゲストハウスで住み込みをしながら事業計画を作っていた時の知人経由で舩島さんが僕を知って、わざわざ二風谷まで来てくれたんです。
そこから、ゲストハウスの公式サイト制作などでもお世話になって、今につながっています。
鳥海:
本当に、舩島さんがつないでくれたご縁ですね。
萱野:
中川政七商店では6年間働いていたわけですが、その頃から北海道のものづくりに関わりたい気持ちはあったんですか?
鳥海:
ありました。
北海道の工芸やアイヌ文化に関わるものづくりをしたいという気持ちはずっとあって、自分がその橋渡し役になれたらいいなと思っていました。
ただ、会社として関わる先はどうしても関西近郊や本州の企業が多くて、在籍中に北海道との仕事を深めることはなかなかできなかったんです。
実は卒業制作を商品化したいと当時の上司に相談したこともありました。
それくらい、地元と関わるものづくりへの思いは強かったですね。
萱野:
僕は、コロナ禍でゲストハウスのお客さんが激減した時期に、オンライン物販に可能性を感じて、Tシャツの製造設備を入れてECを始めたんですよね。
地元のアイヌ工芸作家さんにデザインをお願いして商品を作ってみたんですけど、やっぱり「売れる商品を作るノウハウ」は自分にはなかった。
そんなタイミングで鳥海さんを紹介してもらって、「これはすごい巡り合わせだな」と思いました。
鳥海:
ありがとうございます。
萱野:
今の二風谷ワークスの強みって、やっぱり「アイヌ工芸のデザインを、現代の生活の中に落とし込めること」だと思うんですよ。
単発でデザイナーに依頼するのではなく、鳥海さん自身が継続的にアイヌ文化に触れながら、一緒に考えて商品を作っている。
それがすごく大きい。
鳥海:
私自身、アイヌ文様は本当に素晴らしい文化だと思っています。
ただ、自由に扱うには難しさもあるので、萱野さんと相談しながら、一緒に壁打ちしながら進められるのはすごくありがたい環境ですね。
それに、自分が考えた商品を継続的に世の中に出せること自体、本当にありがたいことだと思っています。
萱野:
最初に立ち上げた「ramgu(ラムグ)」も、若手工芸作家に仕事を作るっていうコンセプトでしたよね。
鳥海:
そうですね。
今は少し停滞していますけど、あのブランド自体にはすごく意義があると思っています。
伝統工芸を残すことも大事だし、一方で会社として利益を出さないと仕事も作れない。
だから、NIBUTANI WORKSの量産品と、ramguみたいな工芸寄りのブランド、その両方が必要だと思っています。
萱野:
僕らとしても、若手の工芸作家に仕事を作ることで、技術の向上や経済的なプラスにつながればいいなと思って始めたブランドなんですよね。
だから今後も大事にしていきたい。
鳥海:
本当にそう思います。
(次回へ続く)