二風谷ワークスと萱野公裕

二風谷ワークスと萱野公裕

はじめまして。 二風谷ワークス代表の、萱野公裕(カヤノキミヒロ)です。

まずは、簡単に自己紹介をさせてください。

僕は、北海道平取町二風谷に生まれ育ったアイヌです。

祖父は、萱野茂というアイヌ文化の伝承者でした。

そのすぐそばで育った僕は、幼い頃から、自然とアイヌ文化に触れながら大きくなりました。

 

今回が、このメルマガの第1回目です。

このメルマガは、オンラインショップで商品をご購入いただいた方にお届けしています。

もし配信が不要な場合は、いつでも配信停止してください。

 

僕は中学校を卒業するまで二風谷で暮らし、その後、苫小牧高専の機械科に進学しました。

寮生活をしながら学び、卒業後は神奈川県の機械設計会社で、機械設計士として働いていました。

ありがたいことに、僕は小さい頃から外国の方と交流する機会に恵まれていました。

祖父が多くの先住民と交流していたこともあり、世界中の先住民の方々と出会う機会があったのです。

その影響もあって、僕は「異文化に触れること」「知らない世界を知ること」が大好きになりました。

社会人になってからは、バックパッカーとして国内をよく旅していました。

西日本、九州、沖縄…。 その土地の言葉や食べ物、人の生き方に触れるたびに、「人の生き方って、本当にいろいろあるんだな」と感じていました。

旅を続ける中で、ある時、ふと立ち止まりました。

「自分は、文化を“消費する側”になっているだけじゃないか?」

僕の生まれた二風谷は、今もアイヌ文化が色濃く残る場所です。 そんな特別な背景を持ちながら、関東でサラリーマンをしている自分に、違和感を覚えるようになりました。

そして、地元に戻ろうと決めました。

親に相談したとき、こう言われました。

「戻ってきても、仕事はないよ。 戻るなら、自分で仕事を作らなきゃいけない。」

その言葉が、ずっと心に残っています。

自分の経験と、二風谷という土地を活かして、何ができるだろう。

考え抜いた末にたどり着いたのが、ゲストハウスでした。

僕は現在、「ゲストハウス二風谷ヤント」という宿を運営しています。 旅人としてゲストハウスを使ってきた経験があったので、「こんな宿があったらいいな」というイメージはありました。

ただ、大きな課題がありました。 英語です。

外国からのお客さんを迎えるために、英語は必須でした。 そこで会社を辞め、留学することを決めました。

帰国後、資金を貯め、29歳だった2018年に、ゲストハウスを開業しました。

開業後、「外国人のお客さんが増えたね」と地域の方に言われるようになり、少しずつ地域に受け入れていただける存在になっていきました。

しかし、順風満帆ではありませんでした。

胆振東部地震。 そして、新型コロナウイルス。

宿にお客さんが来なくなる中で、「このままでは続けられない」と強く感じました。

そこで考えたのが、ECサイトでの物販でした。

最初はTシャツ販売から始めましたが、正直、うまくいきませんでした。

そんなとき、今の役員メンバーとの出会いがありました。

デザイナーである鳥海と出会い、仲間と共に立ち上げたのが「二風谷ワークス」です。

鳥海が商品企画とデザインを担当し、 僕はアイヌ文化の監修や、工芸家の方々との橋渡し役をしています。

文化と商品を、正しく、誠実につなぐ。 それが、僕の役割です。

 

このメルマガでは、

・二風谷ワークスの想い ・商品づくりの裏側 ・アイヌ文化の話 ・僕自身の経験

そんなことを、少しずつお届けしていきたいと思っています。

また、公式LINEも運営しています。

https://lin.ee/3f8ZOpt

「こんな商品が欲しい」「こんな話が聞きたい」など、ぜひ気軽に送ってください。 僕自身が、直接お返事します。

「読んだよ」「よかったよ」 そんな一言でも、とても励みになります。

これから、どうぞよろしくお願いします。

一覧に戻る

アイヌ工芸を次世代へ残していく

私たち二風谷ワークスは北海道の平取町二風谷で、若手職人に継続的な仕事をつくり、代々受け継がれてきたアイヌの工芸を次世代へ残すというビジョンを掲げ、2022年3月にスタートした企業です。

二風谷に残るアイヌの伝統文化を多角的な視点で取り入れ、デザインや工芸を通じて、未来に繋がる新たな価値を創造する事が私たちの使命です。

詳細はこちら